スッタニパータ

スッタニパータは、お釈迦様が実際にお話しされたことばです。

suttanipata

info@suttanipata.com

スッタニパータ解説

スッタニパータ パスーラ826の解説

826 集会の中で論争に参加した者は、称賛されようと欲して、おずおずしている。そうして敗北してはうちしおれ、(論敵の)あらさがしをしているのに、(他人から)論難されると、怒る。

 

 

 

集会の中で論争に参加した者は、両極端に組した者の中から自らと同様の見方をする者から称賛されようと欲して、おずおずしている。そうして人間的思考の運動(称賛⇔非難)がおこり、敗北してはうちしおれ、論敵のあらさがしをしているのに、他人から論難されると、怒る。このように貪瞋癡のループへと陥るのである。

 

スッタニパータ パスーラ825の解説

825 かれらは論議を欲し、集会に突入し、相互に他人を〈愚者である〉と烙印(らくいん)し、他人(師など)をかさに着て、論争を交(かわ)す。ーみずから真理に達した者であると称しながら、自分が称賛されるようにと望んで。

 

 

 

人間的思考の運動(正⇔誤)によりかれらは論議を欲し、集会に突入し、相互に他人を愚者であると烙印(らくいん)し、他人(師など)をかさに着て、論争を交(かわ)す。ーみずから真理に達した者(人間的思考の運動を制した者)であると称しながら、人間的思考の運動(称賛⇔非難)を立ち上げて、自分が称賛されるようにと望んで。

スッタニパータ パスーラ824の解説

824 かれらは「ここにのみ清らかさがある」と言い張って、他の諸々の教えは清らかでないと説く。「自分が依拠しているもののみ善である」と説きながら、それぞれ別々の真理に固執(こしゅう)している。

 

 

 

かれらは人間的思考の運動(清浄⇔不浄)による反応の仕方によって「ここにのみ清らかさがある」と言い張って、他の諸々の教えは清らかでないと説く。「自分が依拠しているもののみ善である」と説きながら、それぞれ別々の両極端の反応による真理に固執(こしゅう)している。

スッタニパータ ティッサ・メッテイヤ823の解説

823 聖者は諸々の欲望を顧(かえり)みることなく、それを離れて修行し、激流を渡りおわっているので、諸々の欲望に束縛(そくばく)されている人々はかれを羨(うらや)むのである。」ー

 

 

 

聖者は諸々の人間的思考の運動(快⇔不快)によって立ち上がる欲望を制し、顧(かえり)みることなく、それを離れて修行し、完全に制して激流を渡りおわっているので、諸々の欲望に度々反応して束縛(そくばく)されている人々はかれを羨(うらや)むのである。」ー

スッタニパータ ティッサ・メッテイヤ822の解説

822 (俗事から)離れて独り居ることを学べ。これは諸々の聖者にとって最上のことがらである。(しかし)これだけで『自分が最上の者だ』と考えてはならない。ーかれは安らぎに近づいているのだが。

 

 

 

人間的思考の運動(損⇔得)の範囲である俗事から離れて独り居ることを学べ。これは諸々の聖者にとって最上のことがらである。しかし、これだけで『自分が最上の者だ』と考えてはならない。ーかれは安らぎに近づいているのだが。心を動かされずに制せよ。

スッタニパータ ティッサ・メッテイヤ821の解説

821 聖者はこの世で前後にこの災いのあることを知り、独りでいる修行を堅(かた)くまもれ。淫欲の交わりに耽ってはならない。

 

 

聖者はこの世で前後にこの心が人間的思考の運動(快⇔不快)により動揺する災いのあることを知り、人間的思考の運動(快⇔不快)を制して、独りでいる修行を堅(かた)くまもれ。淫欲の交わりに耽ってはならない。

スッタニパータ ティッサ・メッテイヤ820の解説

820 独りでいる修行をまもっていたときには一般に賢者と認められていた人でも、もしも淫欲の交わりに耽ったならば、愚者のように悩む。

 

 

独りでいる修行をまもっていたときには一般に賢者と認められていた人でも、もしも人間的思考の運動(快⇔不快)による反応の仕方によって淫欲の交わりに耽ったならば、運動がおこり煩悩の激流が彼に襲いかかり愚者のように悩む。

スッタニパータ ティッサ・メッテイヤ819の解説

819 そうして他人に詰(なじ)られた時には虚言に陥(おちい)る。すなわち、[自らを傷つける]刃(悪行)をつくるのである。これがかれの大きな難所である。

 

 

 

 

そうして他人に詰(なじ)られた時には人間的思考の運動(良⇔悪)により良く見られたいという想いから虚言に陥(おちい)る。すなわち、自らを傷つける刃(悪行)をつくるのである。これがかれの大きな難所である。

スッタニパータ ティッサ・メッテイヤ818の解説

818 かれは諸々の(欲の)想いに囚(とら)われて、困窮者のように考えこむ。このような人は、他人からのとどろく非難の声を聞いて恥じいってしまう。

 

 

ひとたび人間的思考の運動(快⇔不快)による反応の仕方が始まると、それは運動をするので、かれは諸々の欲の想いに囚(とら)われて、あるときはそれを得てあるときは得られず、運動の波が彼に襲いかかり、困窮者のように考えこむ。このような人は、他人からのとどろく非難の声を聞いて恥じいってしまう。

スッタニパータ ティッサ・メッテイヤ817の解説

817 かつてかれのもっていた名誉も名声も、すべて失われる。このことわりをも見たならば、淫欲の交わりを断つことを学べ。

 

 

 

かつてかれのもっていた名誉も名声も、すべて失われる。このことわりをも見たならば、人間的思考の運動(快⇔不快)を制し、淫欲の交わりを断つことを学べ。