スッタニパータ suttanipata

スッタニパータは、お釈迦様が実際にお話しされたことばです。

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11月

スッタニパータ 武器を執ること950の解説

950 名称と形態について、〈わがものという想い〉の全く存在しない人、また(何ものかが)ないからといって悲しむことのない人、ーかれは実に世の中にあっても老いることがない。

 

 

 

この無常の世に現れる名称と形態についての人間的思考の運動(快⇔不快)を制し、わがものという想いの全く存在しない人、また何ものかがないからといって悲しむことのない人、ーかれは実に世の中にあっても老いることがない。中道を歩み真理を見るものは、運動がもたらす時間を超越し、時間による空間から解脱するからである。

スッタニパータ 武器を執ること949の解説

949 過去にあったもの(煩悩)を枯渇(こかつ)せしめよ。未来には汝に何ものも有らぬようにせよ。中間においても汝が何ものをも執しないならば、汝は「安らかな人」としてふるまうことであろう。

 

 

過去にあった両極端に分けたものである煩悩を枯渇(こかつ)せしめよ。未来には汝に人間的思考の運動(快⇔不快)による掴むものは何ものも有らぬようにせよ。現在においても汝が自らの人間的思考の運動(快⇔不快)を制し、何ものをも執しないならば、汝は「安らかな人」としてふるまうことであろう。中道を歩むことによって真理を見るからである。

スッタニパータ 武器を執ること948の解説

948 世間における諸々の欲望を超え、また克服(こくふく)しがたい執着を超えた人は、流されず、束縛されず、悲しむことなく、思いこがれることもない。

 

 

 

世間における人間的思考の運動(快⇔不快)がもたらす諸々の欲望を超え、また克服(こくふく)しがたい両極端の執着を超えた人は、中道を歩み、両極端に流されず、束縛されず、悲しむことなく、思いこがれることもない。故にあるがままに真理を見る事ができるのである。

スッタニパータ 武器を執ること947の解説

947 かれは智者であり、ヴェーダの達人である。かれは理法を知りおわって、依りかかることがない。かれは世間において正しくふるまい、世の中で何びとをも羨(うらや)むことがない。

 

 

かれは智者であり、修行の達人である。かれは中道を確立し、理法を知りおわって、両極端に依りかかることがない。かれは世間において中道を歩み、あるがままに、正しくふるまい、世の中で何びとをも羨(うらや)むことがない。

 

スッタニパータ 武器を執ること946の解説

946 バラモンである聖者は、真実から離れることなく、陸地(安らぎ)に立っている。かれは一切を捨て去って、「安らかになった人」と呼ばれる。

 

 

修行者である聖者は、人間的思考の運動(快⇔不快)を止め、中道である真実から離れることなく、陸地(安らぎ)に立っている。かれは一切の両極端を捨て去って、「安らかになった人」と呼ばれる。

スッタニパータ 武器を執ること945の解説

945 わたくしは、(牽引する者のことを)遁欲、ものすごい激流と呼び、吸い込む欲求と呼び、はからい、捕捉(ほそく)と呼び、超(こ)えがたい欲望の汚泥(おでい)であるともいう。

 

 

わたくしは、人間的思考の運動(快⇔不快)がもたらす牽引するもののことを遁欲、ものすごい激流と呼び、吸い込む欲求と呼び、はからい、捕捉(ほそく)と呼び、超(こ)えがたい欲望の汚泥(おでい)であるともいう。それらを掴もうとするならば、中道による真理を見る事はできないのである。

スッタニパータ 武器を執ること944の解説

944 古いものを喜んではならない。また新しいものに魅惑(みわく)されてはならない。滅びゆくものを悲しんではならない。牽引(けんいん)する者〔妄執)にとらわれてはならない。

 

 

自らの人間的思考の運動(快⇔不快)を制し、こだわりを捨てる。古いものを喜んではならない。また新しいものに魅惑(みわく)されてはならない。滅びゆくものを悲しんではならない。何かを掴もうとする牽引(けんいん)するもの〔妄執)にとらわれてはならない。あるがままに観察し、真理を見よ。

スッタニパータ 武器を執ること943の解説

943 虚言(うそ)をつくように誘(ひ)き込まれるな。美しいすがたに愛着を起こすな。また慢心を知りつくしてなくすようにせよ。粗暴になることなく、ふるまえ。

 

 

人間的思考の運動(快⇔不快)を制し、両極端を得ようと邪な、虚言(うそ)をつくように誘(ひ)き込まれるな。人間的思考の運動(美しい⇔醜い)に気づき、美しいすがたに愛着を起こすな。またそれらを手にしても、慢心を知りつくしてなくすようにせよ。それらを得られなくとも粗暴になることなく、ふるまえ。

 

スッタニパータ 武器を執ること942の解説

942 安らぎを心がける人は、眠りとものぐさとふさぎこむ心とにうち勝て。怠惰(たいだ)を宿らせてはならぬ。高慢な態度をとるな。

 

 

中道がもたらす安らぎを心がける人は、眠りとものぐさとふさぎこむ心とにうち勝て。自らの人間的思考の運動(快⇔不快)を制することを怠ることなく行い、怠惰(たいだ)を宿らせてはならぬ。常に心を中道に保つことに心がけ、高慢な態度をとるな。

 

スッタニパータ 武器を執ること941の解説

941 聖者は誠実であれ。傲慢(ごうまん)でなく、詐(いつわり)りなく、悪口を言わず、怒ることなく、邪(よこし)まな貪りと慳(ものおし)みとを超(こ)えよ。

 

 

聖者は中道に基づき誠実であれ。人間的思考の運動(快⇔不快)がもたらすような両極端を掴む思考である傲慢(ごうまん)でなく、詐(いつわり)りなく、悪口を言わず、怒ることなく、邪(よこし)まな貪りと慳(ものおし)みとを超(こ)えよ。そのように両極端を制するのである。