スッタニパータ

スッタニパータは、お釈迦様が実際にお話しされたことばです。

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06月

スッタニパータ 学生バドラーヴダの質問1103解説

1101 バドラーヴダさんがたずねた、「執著の住所をすて、妄執を断ち、悩み動揺することなく、歓喜をすて、激流を乗り超え、すでに解脱(げだつ)し、はからいをすてた賢明な(あなた)に切にお願いします。

 

 

1102 健き人よ。あなたのおことばを聞こうと希望して、多勢の人々が諸地方から集まって来ましたが、竜(ブッダ)のおことばを聞いて、人々はここから立ち去るでしょう。かれらのために善く説明してやってください。あなたはこの理法をあるがままに知っておられるのですから。」

 

 

1103 師(ブッダ)は答えた、「バドラーヴダよ。上にも下にも横にでも中間にでも、執著する妄執をすっかり除き去れ。世の中の何ものに執着しても、それによって悪魔が人につきまとうに至る。

 

 

師(ブッダ)は答えた、「バドラーヴダよ。上にも下にも横にでも中間にでも、人間的思考の運動(好き⇔嫌い)の反応の仕方による執著する妄執をすっかり除き去れ。世の中の何ものに両極端に分けて執着しても、それによって運動し、悪魔が人につきまとうに至る。

スッタニパータ 学生ジャトゥカンニンの質問1100の解説

1100 バラモンよ。名称と形態とに対する貪りを全く離れた人には、諸々の煩悩は存在しない。だから、かれは死に支配されるおそれがない。」

 

修行者よ。目の前に現れる名称と形態とに対する貪りを全く離れた人には、人間的思考の運動(快⇔不快)による諸々の煩悩は存在しない。だから、かれは自らの想いを制し死に支配されるおそれがない。」

スッタニパータ 学生ジャトゥカンニンの質問1099の解説

1099 過去にあったもの(煩悩)を涸渇(こかつ)せしめよ。未来にはそなたに何ものもないようにせよ。中間においても、そなたが何ものにも執著(しゅうじゃく)しないならば、そなたはやすらかにふるまう人となるであろう。

 

 

過去に人間的思考の運動により分別した煩悩を涸渇(こかつ)せしめよ。運動を制し未来にはそなたに何ものもないようにせよ。中間においても、そなたが自らの人間的思考の運動を制して何ものにも執著(しゅうじゃく)しないならば、そなたはやすらかにふるまう人となるであろう。

スッタニパータ 学生ジャトゥカンニンの質問1098の解説

1096 ジャトゥカンニンさんがたずねた、「わたくしは、勇士であって、欲望をもとめない人がいると聞いて、激流を乗り超(こ)えた人(ブッダ)に〈欲のないこと〉をおたずねしようとして、ここに来ました。安らぎの境地を説いてください。生まれつき眼(まなこ)のある方(かた)よ。先生!それを、あるがままに、わたくしに説いてください。

 

 

1097 師(ブッダ)は諸々の欲望を制してふるまわれます。譬えば、光輝ある太陽が光輝によって大地にうち克(か)つようなものです。智慧ゆたかな方(かた)よ。智慧の少いわたくしに理法を説いてください。それをわたくしは知りたいのです、ーこの世において生と老衰とを捨て去ることを。」

 

 

1098 師(ブッダ)は答えた、「ジャトゥカンニンよ。諸々の欲望に対する貪(むさぼ)りを制せよ。ー出離(しゅつり)を安穏(あんのん)であると見て。取り上げるべきものも、捨て去るべきものも、なにものも、そなたたちにとって存在してはならない。

 

 

師(ブッダ)は答えた、「ジャトゥカンニンよ。諸々の人間的思考の運動(快⇔不快)による欲望に対する貪(むさぼ)りに基づく運動を制せよ。ーこの運動から出離(しゅつり)を安穏(あんのん)であると見て。この世は無常であり、取り上げるべきものも、捨て去るべきものも、なにものも、そなたたちにとって存在してはならない。

スッタニパータ 学生カッパの質問1095の解説

1095 このことをよく知って、よく気をつけ、現世において全く煩(わずら)いを離れた人々は、悪魔に伏せられない。かれらは悪魔の従者とはならない。」

 

 

人間的思考の運動(快⇔不快)を制することをよく知って、自らの人間的思考の運動による反応の仕方によく気をつけ、現世において全く煩(わずら)いを離れた人々は、悪魔(輪廻転生)に伏せられない。かれらは悪魔(輪廻転生)の従者とはならない。」

スッタニパータ 学生カッパの質問1094の解説

1092 カッパさんがたずねた、「極めて恐ろしい激流が到来したときに一面の水浸しのうちにある人々、老衰と死とに圧倒されている人々のために、洲(す)(避難所、よりどころ)を説いてください。あなたは、この(苦しみ)がまたと起らないような洲(避難所)をわたくしに示してください。親しき方よ。」

 

 

1093 師(ブッダ)は答えた、「カッパよ。極めて恐ろしい激流が到来したときに一面の水浸しのうちにある人々、老衰と死とに圧倒されている人々のための洲(避難所)を、わたくしは、そなたに説くであろう。

 

 

1094 いかなる所有もなく、執着して取ることがないこと、ーこれが洲(避難所)にほかならない。それをニルヴァーナと呼ぶ。それは老衰と死との消滅である。

 

 

師(ブッダ)は答えた、「カッパよ。極めて恐ろしい激流が到来したときに一面の水浸しのうちにある人々、老衰と死とに圧倒されている人々のための洲(避難所)を、わたくしは、そなたに説くであろう。この苦しみの無常の世に生まれないための避難所は、両極端に分けることをせず、いかなる所有もなく、執着して取ることがないことーこれが洲(避難所)にほかならない。それをニルヴァーナと呼ぶ。それは老衰と死との消滅である。

スッタニパータ 学生トーデイヤの質問1091の解説

1090 「かれは願いのない人なのでしょうか?あるいは何かを希望しているのでしょうか?かれは智慧があるのでしょうか?あるいは智慧を得ようとはからいをする人なのでしょうか?シャカ族の方よ。かれが聖者であることをわたくしが知り得るように、そのことをわたくしに説明してください。あまねく見る方(かた)よ。」

 

 

1091 〔師いわく〕、「かれは願いのない人である。かれはなにものをも希望していない。かれは智慧のある人であるが、しかし智慧を得ようとはからいをする人ではない。トーデイヤよ。聖者はこのような人であると知れ。かれは何ものをも所有せず、欲望の生存に執著していない。」

 

 

 

師いわく、「かれは自らの人間的思考の運動を制したものであって、その運動がもたらす願いは、ない人である。かれは両極端について、なにものをも希望していない。かれは智慧のある人であるが、しかし智慧を得ようとはからいをする(欲する)人ではない。トーデイヤよ。聖者はこのような自らの思考をコントロールする人であると知れ。かれは無常を観じ、何ものをも所有せず、この無常で、欲望の生存に執著していない。」

スッタニパータ 学生トーデイヤの質問1089の解説

1088 トーデイヤさんがたずねた、「諸々の欲望のとどまることなく、もはや妄執が存在せず、諸々の疑惑(ぎわく)を超えた人、ーかれはどのような解脱(げだつ)をもとめたらよろしいのですか?」

 

 

1089 師(ブッダ)は答えた、「トーデイヤよ。諸々の欲望のとどまることなく、もはや妄執が存在せず、諸々の疑惑を超えた人、ーかれには別に解脱は存在しない。」

 

 

師(ブッダ)は答えた、「トーデイヤよ。この無常の世において諸々の欲望のとどまることなく、もはや妄執が存在せず、知見によって諸々の疑惑を超えた人、ーかれには別に求めるような解脱は存在しない。」

スッタニパータ 学生ヘーマカの質問1087の解説

1087 このことをよく知って、よく気をつけ、現世において全く煩(わずら)いを離れた人々は、常に安らぎに帰(き)している。世間の執著を乗り超えているのである」と。

 

 

このことをよく知って、よく自らの人間的思考の運動に気をつけ、現世において全く両極端の煩(わずら)いを離れた人々は、常に安らぎに帰(き)している。両極端がもたらす世間の執著を乗り超えているのである」と。

スッタニパータ 学生ヘーマカの質問1086の解説

1084 ヘーマカさんがたずねた、「かつてゴーダマ(ブッダ)の教えよりも以前に昔の人々が『以前にはこうだった』『未来にはこうなるであろう』といってわたくしに説き明かしたことは、すべて伝え聞くにすぎません。それはすべて思索の紛糾(ふんきゅう)を増すのみ。わたくしはかれらの説を喜びませんでした。

 

1085 聖者さま。あなたは、妄執を滅しつくす法をわたくしにお説きください。それを知って、よく気をつけて行い、世間の執著を乗り超えましょう。」

 

 

1086 (ブッダが答えた)、「ヘーマカよ。この世において見たり聞いたり考えたり識別した快美な事物に対する欲望や貪(むさぼ)りを除き去ることが、不滅へのニルヴァーナの境地である。

 

 

ブッダが答え、「ヘーマカよ。この世において見たり聞いたり考えたり人間的思考の運動(快⇔不快)によって識別した快美な事物に対する欲望や貪(むさぼ)りを除き去ることすなわち自らの人間的思考の運動(快⇔不快)の反応の仕方に気をつけ制することが、不滅へのニルヴァーナの境地である。