スッタニパータ

スッタニパータは、お釈迦様が実際にお話しされたことばです。

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02月

スッタニパータ  学生メッタグーの質問1053の解説

1052 「われらがあなたにおたずねしましたことを、あなたはわれらに説き明かしてくださいました。あなたに他のことをおたずねしますが、そうかそれを説いてください。どのようにしたならば、諸々の賢者は煩悩の激流、生と老衰、憂いと悲しみとを乗り超えるのですか?聖者さま。どうかそれをわたくしに説き明かしてください。あなたはこの法則をあるがままに知っておられるからです。」

 

 

1053 師が答えた、「メッタグーよ。伝承によるのではなくて、いま眼(ま)のあたり体得されるこの理法を、わたしはそなたに説(と)き明(あか)かすであろう。その理法を知って、よく気をつけて行い、世間の執著を乗り超えよ。

 

 

師が答えた、「メッタグーよ。伝え聞いたことによるのではなくて、いま眼(ま)のあたり体得されたこの理法を、わたしはそなたに説(と)き明(あか)かすであろう。その理法を知って、人間的思考の運動による反応の仕方によく気をつけて行い、世間の執著を乗り超えよ。執着するがゆえに生と老衰が起こり、執着するがゆえに憂いと悲しみが起こるのである。

スッタニパータ  学生メッタグーの質問1051の解説

1051 実に知ることなくして執著をつくる人は愚鈍であり、くり返し苦しみに近づく。だから、知ることであり、苦しみの生起のもとを観じた人は、再生の素因(=執著)をつくってはならない。」

 

 

 

実に無常を知ることなくして執著をつくる人は愚鈍であり、運動のたびにくり返し苦しみに近づく。だから、この運動の仕方を知ることであり、苦しみの生起のもとすなわち両極端の運動による執着を観じた人は、再生の素因すなわち執著をつくってはならない。これがこの苦しみの世界である無常の世界に生れてくる輪廻転生の素因である。

スッタニパータ  学生メッタグーの質問1050の解説

1049 メッタグーさんがたずねた、「先生!あなたにおたずねします。このことをわたしに説いてください。あなたはヴェーダの達人、心を修養された方だとわたくしは考えます。世の中にある種々様々な、これらの苦しみは、そもそもどこから現われ出たのですか。」

 

 

1050 師(ブッダ)は答えた、「メッタグーよ。そなたは、わたしに苦しみの生起するもとを問うた。わたしは知り得たとおりに、それをそなたに説き示そう。世の中にある種々様々な苦しみは、執著(しゅうじゃく)を縁として生起する。

 

 

 

師(ブッダ)は答えた、「メッタグーよ。そなたは、わたしに苦しみの生起するもとを問うた。わたしは知り得たとおりに、それをそなたに説き示そう。世の中にある種々様々な苦しみは、人間的思考の運動(好き⇔嫌い)に基づいた執著(しゅうじゃく)を縁として生起する。この無常の世で常住(両極端の状態を維持すること)にこだわる(執着する)ことは、変化と共に苦を生じるのである。

スッタニパータ  学生プンナカの質問1048の解説

1047 プンナカさんがいった、「もしも供犠に専念している彼らが祭祀によっても生と老衰とを乗り超えていないのでしたら、わが親愛なる友よ、では神々と人間の世界のうちで生と老衰とを乗り超えた人は誰なのですか?先生!あなたにお尋ねします。それをわたしに説いてください。」

 

 

 

1048 師が答えた、「プンナカよ。世の中でかれこれ(の状態)を究(きわ)め明(あか)らめ、世の中で何ものにも動揺することなく、安らぎに帰(き)し、煙なく、苦悩なく、望むことのない人、ーかれは生と老衰とを乗り超えた、ーとわたしは説く。」

 

 

 

師が答えた、「プンナカよ。世の中で人間的思考の運動による反応の仕方を究(きわ)め明(あか)らめ、世の中で何ものにも両極端に動揺することなく、中道に至り安らぎに帰(き)し、煙なく、苦悩なく、人間的思考の運動による両極端の欲望を望むことのない人、ーかれは生と老衰とを乗り超え、もう、この無常の世に生まれ変わることはない、ーとわたしは説く。」

 

スッタニパータ  学生プンナカの質問1046の解説

1045 プンナカさんがいった、「先生!およそこの世で仙人や常の人々や王族やバラモンが盛んに神々に犠牲を捧げましたが、祭祀(さいし)の途において怠らなかったかれらは、生と老衰をのり超えたのでしょうか?わが親愛なる友よ。あなたにおたずねします。それをわたしに説いてください。」

 

 

1046 師は答えた、「プンナカよ。かれらは希望し、称讃し、熱望して、献供する。利得を得ることに縁(よ)って欲望を達成しようと望んでいるのである。供犠(くぎ)に専念している者どもは、この世の生存を貪(むさぼ)って止(や)まない。かれらは生や老衰をのり超えていない、とわたしは説く。」

 

 

 

師は答えた、プンナカよ。かれらは、人間的思考の運動による欲望を、希望し、称讃し、熱望して、献供する。利得を得ることに縁(よ)って欲望を達成しようと望んでいるのである。供犠(くぎ)に専念している者どもは、この世の生存を貪(むさぼ)って止(や)まない。かれらは生や老衰をのり超えていない、とわたしは説く。生や老衰は、この無常の世に常に存在しており、無常であるので変化する世界である。生あるものは必ず死を迎え、若いものも時間とともに老いる。そのような運動(変化)をする世界である。この人間的思考の運動を止め彼の岸へ到達したものかれには生も死も老いも存在しない。

スッタニパータ  学生プンナカの質問1044の解説

1043 プンナカさんがたずねた、「動揺することなく根本を達観せられたあなたに、おたずねしようと思って、参りました。仙人や常の人々や王族やバラモンは、何の故にこの世で盛んに神々に犠牲を捧(ささ)げたのですか?先生!あなたにおたずねします。それをわたしに説いてください。」

 

 

1044 師(ブッダ)は答えた、「プンナカよ。およそ仙人や常の人々や王族やバラモンがこの世で盛んに神々に犠牲を捧げたのは、われらの現在のこのような生存状態を希望して、老衰にこだわって、犠牲を捧げたのである。」

 

 

 

師(ブッダ)は答えた、「プンナカよ。およそ仙人や常の人々や王族やバラモンがこの世で盛んに神々に犠牲を捧げたのは、われらの現在のこのような生存状態の常住を希望して、人間的思考の運動(生⇔死)による老衰にこだわって、その他の犠牲を捧げたのである。」この無常の世にこだわりを持つこと、それは人間的思考の運動による両極端の思考である。すなわち両極端の快(良い)と思い込んでいる運動のさなかにある状態を追い求める。それは運動をするので必ず変化していく。変化するが故に、繰り返し犠牲を捧げるのである。

スッタニパータ  学生ティッサ・メッテイヤの質問1042の解説

1042 かれは両極端を知りつくして、よく考えて、(両極端にも)中間にも汚されない。かれを、わたしは〈偉大な人〉と呼ぶ。かれはこの世で縫う女(妄執)を超えている。」

 

 

かれは人間的思考の運動による両極端を知りつくして、よく考えて、両極端にも、中道を獲得すると言う離欲にも汚されない。かれを、わたしは偉大な人と呼ぶ。かれはこの世で会う諸々の執着の対象を超えている。

 

スッタニパータ  学生ティッサ・メッテイヤの質問1041の解説

1040 ティッサ・メッテイヤさんがたずねた、「この世で満足している人は誰ですか?動揺することがないのは誰ですか?両極端を知りつくして、よく考えて、(両極端にも)中間にも汚されない、聡明な人は誰ですか?あなたは誰を〈偉大な人〉と呼ばれますか?この世で縫(ぬ)う女(妄執)を超(こ)えた人は誰ですか?」

 

1041 師(ブッダ)は答えた、「メッテイヤよ。諸々の欲望に関しては清らかな行いをまもり、妄執を離れて、つねに気をつけ、究め明らめて、安らいに帰した修行者、ーかれには動揺は存在しない。

 

 

師(ブッダ)は答えた、「メッテイヤよ。諸々の人間的思考の運動による欲望に関しては中道をまもり、両極端の妄執を離れて、つねに自らの人間的思考の運動(快⇔不快)による反応の仕方に気をつけ、反応の仕方を究め明らめて、中道に帰し、安らいに帰した修行者、ーかれには、両極端による動揺は存在しない。

スッタニパータ  学生アジタの質問1039の解説

1038 「この世には真理を究(きわ)め明(あき)らめた人々もあり、学びつつある人々もあり、凡夫(ぼんぷ)もおります。おたずねしますが、賢者は、どうかかれらのふるまいを語ってください。わが友よ。」

 

 

1039 「修行者は諸々の欲望に耽(ふけ)ってはならない。こころが混濁(こんだく)していてはならない。一切の事物の真相に熟達し、よく気をつけて遍歴せよ。」

 

 

 

「修行者は、自らの人間的思考の運動(快⇔不快)を制することを糧とし、この運動がもたらすような、諸々の欲望に耽(ふけ)ってはならない。人間的思考の運動によって、こころが混濁(こんだく)していてはならない。一切の事物の真相にすなわち人間的思考の運動と無常による変化である空に熟達し、自らの人間的思考の運動による反応の仕方によく気をつけて遍歴せよ。」

スッタニパータ  学生アジタの質問1037の解説

1036 アジタさんがいった、「わが友よ。智慧と気をつけることと名称と形態とは、いかなる場合に消滅するのですか?おたずねしますが、そのことをわたしに説いてください。」

 

 

1037 「アジタよ。そなたが質問したことを、わたしはそなたに語ろう。識別作用が止滅(しめつ)することによって、名称と形態とが残りなく滅(ほろ)びた場合に、この名称と形態とが滅びる。」

 

 

 

「アジタよ。そなたが質問したことを、わたしはそなたに語ろう。両極端に分別する人間的思考の運動による識別作用が止滅(しめつ)する。すなわち運動を止めることによって、名称と形態とによる分別する意識が残りなく滅(ほろ)びた場合に、この名称と形態とが現れる作用が滅び、目の前に現れなくなる。すなわち名称と形態からの解脱である。」