スッタニパータ

スッタニパータは、お釈迦様が実際にお話しされたことばです。

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2017年

スッタニパータ  迅速 930の解説

930 また修行者は高慢であってはならない。また(自分の利益を得るために)遠回しに策したことばを語ってはならない。傲慢(ごうまん)であってはならない。不和をもたらす言辞を語ってはならない。

 

 

 

また修行者は、人間的思考の運動(高慢⇔失望)にも気をつけ高慢であってはならない。また様々な快への貪りすなわち自分の利益を得るために遠回しに策したことばを語ってはならない。利益を受けたとしても、傲慢(ごうまん)と言う反応の仕方をしてはならない。不快と言う反応をし、不和をもたらす言辞を語ってはならない。人間的思考の運動による反応の仕方に日々気をつけることそれが修行である。

スッタニパータ  迅速 929の解説

929 修行者は、売買に従事してはならない。決して誹謗(ひぼう)をしてはならない。また村の人々と親しく交わってはならない。利益を求めて人々に話しかけてはならない。

 

 

 

 

修行者は、売買に従事してはならない。売れれば喜び、売れなければ怒り、買えれば喜び、買えなければ怒る。そうして心が動揺する。これは人間的思考の運動(喜⇔怒)である。常に人間的思考の運動を制して、決して誹謗(ひぼう)をしてはならない。また村の人々と親しく交わってはならない。これも、親⇔敵の運動である。利益を求めて人々に話しかけてはならない。これもまた、利益⇔不利益の運動である。修行者は、この世に存在する様々な人間的思考の運動による誘惑を渡り終えて遂には彼の岸へと到達するのである。

スッタニパータ  迅速 928の解説

928 修行者は、非難されても、くよくよしてはならない。称讃されても、高ぶってはならない。貪欲(とんよく)と慳(ものおし)みと怒りと悪口とを除き去れ。

 

 

 

修行者は、非難されても、人間的思考の運動による反応の仕方をして落ちこんではならない。称讃されても、人間的思考の運動による反応の仕方でたかぶってはならない。人間的思考の運動がもたらす貪りと無常を知って慳(ものおし)みを無くし、運動による喜びが得られない怒りと悪口とを除き去れ。修行者は、日々自らの人間的思考の運動による反応の仕方に熟知し世の中にはびこる激流を渡り遂には彼の岸へと到達するのである。

スッタニパータ  迅速 927の解説

927 わが徒は、アタルヴァ・ヴェーダの呪法(じゅほう)と夢占(ゆめうらない)いと相(そう)の占いと星占いとを行ってはならない。鳥獣の声を占ったり、懐妊術(かいにんじゅつ)や医術を行ったりしてはならぬ。

 

 

 

わが徒は、アタルヴァ・ヴェーダの呪法(じゅほう)と夢占(ゆめうらない)いと相(そう)の占いと星占いとによって心が運動してはならない。鳥獣の声を占ったり、懐妊術(かいにんじゅつ)や医術によっても、こころを動かしてはならない。この世に存在するあらゆる出来事に対しての、人間的思考の運動(喜⇔悲)をも制し、自らの心、反応の仕方を制したもの彼こそは聖者と呼ばれるのである。

スッタニパータ  迅速 926の解説

926 多く眠ってはならぬ。熱心に努め、目ざめているべきである。ものぐさ(面倒くさがること)と偽(いつわり)りと談笑と遊戯と淫欲の交わりと装飾とを捨てよ。

 

 

 

多く眠っているような状態の心を律し人間的思考の運動による反応の仕方を制するため熱心に努め、目ざめているべきである。人間的思考の運動を見張ることに面倒くさがることとやっているような偽(いつわり)りと集中できないような談笑と遊戯と淫欲の交わりと装飾とを捨てよ。すなわち人間的思考の運動がもたらす喜びを捨てるのである。それを喜捨と呼ぶ。

スッタニパータ  迅速 925の解説

925 こころを安定させよ。うろついてはならない。後で後悔するようなことをやめよ。怠(なま)けてはならぬ。そうして修行者は閑静(かんせい)な座所・臥所(がしょ)(寝る場所)に住まうべきである。

 

 

 

人間的思考の運動を制して、こころを安定させよ。快⇔不快にうろついてはならない。快を得るためもしくは不快を排除するために後で後悔するようなことをやめよ。人間的思考の運動を制する事を怠(なま)けてはならぬ。そうして修行者は寂静な座所、すなわち中道に住まうべきである。

 

スッタニパータ  迅速 924の解説

924 食物や飲料や硬(かた)い食べものや衣服を得ても、貯蔵してはならない。またそれらが得られないからとて心配してはならない。

 

 

 

食物や飲料や硬(かた)い食べものや衣服を得ても、「安心」してはならない。またそれらが得られないからとて「心配」してはならない。この反応の仕方も人間的思考の運動である「安心」⇔「心配」である。修行者は、日常生活において発生する様々な人間的思考の運動による反応の仕方を制して世の中を遍歴せよ。

スッタニパータ  迅速 923の解説

923 苦痛を感じることがあっても、修行者は決して悲観してはならない。生存を貪り求めてはならない。恐ろしいものに出会っても、慄(ふる)えてはならない。

 

 

 

苦痛を感じることがあっても、修行者は決して人間的思考の運動(快⇔不快)による反応の仕方によって悲観してはならない。また、人間的思考の運動(生⇔死)によって生存を貪り求めてはならない。恐ろしいものに出会っても、人間的思考の運動による反応をせず、慄(ふる)えてはならない。修行者よどのような状況に置かれたとしても、自らの人間的思考の運動による反応の仕方を制して寂静であれ。師はこのように言われた。

 

 

 

スッタニパータ  迅速 922の解説

921 〔質問者いわく〕、「眼を開いた人は、みずから体験したことがら、危難の克服、を説いてくださいました。ねがわくは、正しい道を説いてください。戒律規定や、精神安定の法をも説いてください。」

 

 

922 〔師いわく〕、「眼で視ることを貪(むさぼ)ってはならない。卑俗な話から耳を遠ざけよ。味に耽溺(たんでき)してはならない。世間における何ものをも、わがものであるとみなして固執してはならない。

 

 

眼で視ること、目から入る情報を人間的思考の運動によって、快、不快に分け、貪(むさぼ)ってはならない。耳から入る情報に対しても人間的思考の運動により称賛を欲さず、耳を遠ざけよ。舌から入る情報も人間的思考の運動(美味しい⇔不味い)を制して味に耽溺(たんでき)してはならない。世間における何ものをも、2つに分けることなくふるまい、わがものであるとみなして固執してはならない。

スッタニパータ  迅速 920の解説

920 海洋の奥深いところでは波が起らないで、静止しているように、静止して不動であれ。修行者は何ものについても欲念をもり上らせてはならない。」

 

 

海洋の奥深いところでは波が起らないで、静止しているように、人間的思考の運動による反応を静止して不動であれ。修行者は何ものについても中道を保ち欲念をもり上らせてはならない。」