スッタニパータ 786 (第3の視点)

人間的思考の運動(快⇔不快)を掃(はら)い除いた人は、世の中のどこにいっても、さまざまな生存に対してあらかじめいだいた分ける思考が存在しない。人間的思考の運動(快⇔不快)を掃(はら)い除いた人は、両極端を求めることもなく、いつわりと驕慢(きょうまん)と捨て去っているが、どうしてまたこの世界に生れようという想いすなわち輪廻に赴(おもむ)くであろうか?かれはもはや中道を極めて求め近づくものがないのである。