自らの人間的思考の運動(好き⇔嫌い)を制して中道を歩む修行者は、分別による偏った見方は存在しない。故にあるがままに、物事を見て、真理を知り、分別によって何かを掴もうとしないが故に頼る対象もなく、また生まれたいと言う強い想いもない。
スッタニパータ 786 (第6の視点)
視点集
視点集自らの人間的思考の運動(好き⇔嫌い)を制して中道を歩む修行者は、分別による偏った見方は存在しない。故にあるがままに、物事を見て、真理を知り、分別によって何かを掴もうとしないが故に頼る対象もなく、また生まれたいと言う強い想いもない。