スッタニパータ 784 (第8の視点)

人間的思考の運動(快⇔不快)にとらわれた汚れた見解をあらかじめ設(もう)け、両極端に分けては、つくりなし、偏重(へんちょう)して自分のうちのみ勝(すぐ)れた実りがあると見る人は、運動がもたらす、ゆらぐものにたよる平安に執着しているのである。