2020

ご法話

スッタニパータ 悪意についての八つの詩句787のご法話

スッタニパータ787詩句のご法話。思考の運動により何かを掴もうとすれば必ず対立や誹りが生じる。思考を制しあるがままに観る修行者は、掴むことも捨てることもなく、束縛から解放され真理の道を説く。
視点集

スッタニパータ 786 (第6の視点)

スッタニパータ786詩句から読み解く、第6の視点。人間的思考の運動を制し中道を歩む修行者は、分別による偏見を離れ、あるがままに真理を見る。掴む対象や輪廻への執着がない境地について、修行の本質を記録。
視点集

スッタニパータ 785 (第6の視点)

スッタニパータ785詩句から読み解く、第6の視点。個々の思考運動から生じる見解やこだわりを克服することの難しさと、分別に基づく排除と受容の繰り返しに終始する世の人々の生活について、修行の本質を記録。
ご法話

スッタニパータ 悪意についての八つの詩句784のご法話

スッタニパータ784詩句のご法話。比較という人間的思考の運動による優越感や劣等感の揺らぎを捨て、比較対象のない心で全体を観ることで真理に到達できるという真理の道を説く。
視点集

スッタニパータ 783 (第6の視点)

スッタニパータ783詩句から読み解く、第6の視点。修行の進捗を自慢したくなる心の高ぶりは煩悩による快・不快の運動である。真の修行者は称賛を求めず自らの途上を自覚し、その気持ちをも制して彼の岸へ到達するという修行の本質を記録。