スッタニパータ 869 (第1の視点)

「最上で無病の、清らかな人をわたくしは見る。人が全く清らかになるのは両極端の思考に基づいた見解による」と、このように考えることを最上であると思って、清らかなことを観ずる人は、見解を最上の境地に達し得る智慧であると誤解する。もしも人が人間的思考の運動による見解によって清らかになり得るのであるならば、あるいはまた人が智識によって苦しみを捨て得るのであるならば、それは煩悩にとらわれている人が正しい道=人間的思考の運動を止めること以外の他の方法によっても清められることになるであろう。このように語る人は、思考の運動が止められない人であり「偏見ある人」と呼ぶ。