スッタニパータ 789 (第7の視点)

もしも人が人間的思考の運動(快⇔不快)を止めずに見解によって清らかになり得るのであるならば、あるいはまた人が智識によって苦しみを捨て得るのであるならば、それは煩悩にとらわれている人が人間的思考の運動を止めて煩悩を手放すという正しい道以外の他の方法によっても清められることになるであろう。このように語る人を「偏見ある人」と呼ぶ。