修行僧が人間的思考の運動を止めて平安となり、心が安静(中道)に帰して、戒律に関して「わたくしはこのようにしている」といって誇り心が人間的思考の運動をすることがないならば、世の中のどこにいても両極端の煩悩がもえ盛ることがないのであるから、かれは仏性に近づいた人である、と心理に達した人々は語る。
スッタニパータ 783 (第3の視点)
視点集
視点集修行僧が人間的思考の運動を止めて平安となり、心が安静(中道)に帰して、戒律に関して「わたくしはこのようにしている」といって誇り心が人間的思考の運動をすることがないならば、世の中のどこにいても両極端の煩悩がもえ盛ることがないのであるから、かれは仏性に近づいた人である、と心理に達した人々は語る。