781 欲にひかれ、好みにとらわれている人は、どうして自分の偏見を超えることができるだろうか。かれは、みずから完全であると思いなしている。かれは知るにまかせて語るであろう。
欲であれ好みであれ人間的思考の運動(快⇔不快)(好き⇔嫌い)である。そのような両極端な見方をしてる修行者は真理に到達する事はできない。かれが目指しているものは欲を掴むことであり、好みを極める事だからである。そうしては、自分の欲の掴み方、好みは完璧だと思っているのである。その事をかれは語るであろうが、欲を手放し、好みにとらわれず思考の運動を止めた中道を維持こそ真理への気づきがあるのである。
