人間的思考の運動(快⇔不快)を立ち上げ、運動によって何かを掴もうと欲望をかなえたいと望み貪欲(とんよく)の生じた人が、もしも欲望をはたすことができなくなるならば、かれは、矢に射られたかのように、悩み苦しむ。故に修行者は、自らの人間的思考の運動(快⇔不快)を制し、何ものをも掴むことなく手放すべきである。
スッタニパータ 767 (第18の視点)
視点集
視点集人間的思考の運動(快⇔不快)を立ち上げ、運動によって何かを掴もうと欲望をかなえたいと望み貪欲(とんよく)の生じた人が、もしも欲望をはたすことができなくなるならば、かれは、矢に射られたかのように、悩み苦しむ。故に修行者は、自らの人間的思考の運動(快⇔不快)を制し、何ものをも掴むことなく手放すべきである。