欲望をかなえたいと望み自らの人間的思考の運動(快⇔不快)を抑えられず、貪欲(とんよく)の生じた人が、もしも欲望をはたすことができなくなるならば、かれは、矢に射られたかのように、悩み苦しむ。かれは、苦しみを掴んで離そうとしないからである。それを知って、自らの人間的思考の運動(快⇔不快)制し、手放したならば、苦しみの襲われることはない。
スッタニパータ 767 (第15の視点)
視点集
視点集欲望をかなえたいと望み自らの人間的思考の運動(快⇔不快)を抑えられず、貪欲(とんよく)の生じた人が、もしも欲望をはたすことができなくなるならば、かれは、矢に射られたかのように、悩み苦しむ。かれは、苦しみを掴んで離そうとしないからである。それを知って、自らの人間的思考の運動(快⇔不快)制し、手放したならば、苦しみの襲われることはない。