2020

ご法話

スッタニパータ 悪意についての八つの詩句782のご法話

782 人から尋ねられたのではないのに、他人に向かって、自分が戒律や道徳を守っていると言いふらす人は、自分で自分のことを言いふらすのであるから、かれは「下劣な人」である、と真理に達した人は語る。人間的思考の運動(快⇔不快)によって、周りのひ...
ご法話

スッタニパータ 悪意についての八つの詩句781のご法話

781 欲にひかれ、好みにとらわれている人は、どうして自分の偏見を超えることができるだろうか。かれは、みずから完全であると思いなしている。かれは知るにまかせて語るであろう。自らの人間的思考の運動(好き⇔嫌い)が止められず、好みに捉われている...
ご法話

スッタニパータ 悪意についての八つの詩句780のご法話

780 実に悪意をもって(他人を)誹(そし)る人々もいる。また他人から聞いた事を真実だと思って(他人を)誹る人々もいる。誹ることばが起っても、聖者はそれに近づかない。だから聖者は何ごとについても心の荒(すさ)むことがない。人が他人を誹るとき...
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スッタニパータ 洞窟についての八つの詩句779のご法話

779 想いを知りつくして、激流を渡れ。聖者は、所有したいという執着に汚されることなく、(煩悩の)矢を抜き去って、つとめ励んで行い、この世をもかの世をも望まない。修行者は、自らの想いと言うものが、どこから来るのもなのか?人間的思考の運動(好...
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スッタニパータ 洞窟についての八つの詩句778のご法話

778 賢者は、両極端に対する欲望を制し、(感官と対象との)接触を知りつくして、貪ることなく、自責の念にかられるように悪い行いをしないで、見聞することがらに汚されない。賢者は、人間的思考の運動(好き⇔嫌い)である両極端に対する欲望を制し、感...