お釈迦さまがお亡くなり(遷化)になるときにいわれました。
法を寄りどころとし、法を信じて歩め
例えば、師などを寄りどころとした場合、この世は無常ですから
いつまでもいるとは限らないわけです
では、法とは何でしょうか?
法=理法=ダンマと呼ばれるもの
それは、自らの内にあるものです
そう、私たち自らが法なのです
私たちが法を表し、自らの内に法がある
どのようにしたら法がわかるのでしょうか?
それは、自らを見ることです。
自らを観察する。
そして自らを正して法を顕現する。
そのためには、わき道にそれないようにする
そう、両極端の運動を止めることによって
しっかりと自らを見ることができるようになります。
私たちは、お風呂に入らないと、臭くなり、汚れていきます。
それと同じように、私たちの内面も磨かないと汚れていくのです。
そうして、よく気を付けて歩かないと障害物にぶつかって怪我をすることもあります。
同じように、心もよく気を付けて中道を歩ませないと怪我をするのです。
私たちもこの世の中に出て、大人になるにしたがっていろいろなことを学ぶように
よく気を付けるうちに理法によって様々なことを学ぶでしょう。
様々なことがわかることによって、道が照らされ
遂には、周りをも照らす存在となるのです。
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