スッタニパータ suttanipata

スッタニパータは、お釈迦様が実際にお話しされたことばです。

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スッタニパータ  死ぬよりも前に861の解説

スッタニパータ  死ぬよりも前に861の解説

861 かれは世間において〈わがもの〉という所有がない。また無所有を嘆くこともない。かれは〔欲望に促(うなが)されて〕、諸々の事物に赴(おもむく)くこともない。かれは実に〈平安なる者〉と呼ばれる。」

 

 

 

世の人々は、人間的思考の運動(好き⇔嫌い)によって分別し、自らの周りを自らが「好き」と感じたもので埋め尽くすが、かれは、理によって目の前に現れるものは縁あって現れ、それには必ず因がある、それがなくなれば消滅する。この世の中は無常である事を知るかれは世間において〈わがもの〉という所有がない。また無所有を嘆くこともない。かれは人間的思考の運動による欲望に促(うなが)されて、諸々の事物を欲し赴(おもむく)くこともない。かれは実に平安なる者と呼ばれる。目の前に現れるものは、必ず因があるそして縁あって現れたときに、人間的思考の運動により、「好き⇔嫌い」この運動がおこると、好きなものを手に入れた(果)としても、必ず嫌いなものもついて回る(報)のである。人間的思考の運動は、振り子のような運動をするので、一方のものを求め手に入れたとしても必ず正反対の方に振れそれが目の前に現れる。それによって人間的思考の運動を止めることが出来なければ、かれには苦しみが付いて回るのである。まるで、牛車のうしろに車がついて回るの如く。それを知って修行者は、自らの人間的思考の運動に注視し、常に運動を止め遂には安らぎへと到達するのである。

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