2017-04

スッタニパータ解説

スッタニパータ 並ぶ応答ー小篇894の解説

894 一方的に決定した立場に立ってみずから考え量(はか)りつつ、さらにかれは世の中で論争をなすに至る。一切の(哲学的)断定を捨てたならば、人は世の中で確執を起こすことがない。人間的思考の運動をする人間は、一方的な自らの見方にもとづいて、自...
スッタニパータ解説

スッタニパータ 並ぶ応答ー小篇893の解説

893 自分の道を堅くたもって論じているが、ここに他の何びとを愚者であると見ることができようぞ。他(の説)を、「愚かである」、「不浄の教えである」、と説くならば、かれはみずから確執(かくしつ)をもたらすであろう。自らの見方に堅く執着をし、他...
スッタニパータ解説

スッタニパータ 並ぶ応答ー小篇892の解説

892 ここ〈わが説〉にのみ清浄があると説き、他の諸々の教えには清浄がないと言う。このように一般の諸々の異説の徒はさまざまに執着し、かの自分の道を堅(かた)くたもって論ずる。人間的思考の運動が止まっていない状態では、このような思考の運動をす...
お知らせ

お釈迦様のことばを伝えると言うこと

こんにちは、スッタニパータ管理者のsuttanipatacomです。今日は、このスッタニパータ(ブッダのことば)を伝える意義についてお話しします。「ブッダのことば」を出来るだけ多くの方にお伝えしたいと言うことは、皆さん感じていると思いますが...
スッタニパータ解説

スッタニパータ 並ぶ応答ー小篇890,891の解説

890 もしも、他人が自分を(「愚劣だ」と)呼ぶが故に、愚劣となるのであれば、その(呼ぶ人)自身は(相手と)ともに愚劣な者となる。また、もしも自分でヴェーダの達人・賢者と称し得るのであれば、諸々の〈道の人〉のうち愚者は一人も存在しないことに...