スッタニパータ解説

スッタニパータ 並ぶ応答ー小篇892の解説

892 ここ〈わが説〉にのみ清浄があると説き、他の諸々の教えには清浄がないと言う。このように一般の諸々の異説の徒はさまざまに執着し、かの自分の道を堅(かた)くたもって論ずる。人間的思考の運動が止まっていない状態では、このような思考の運動をす...
お知らせ

お釈迦様のことばを伝えると言うこと

こんにちは、スッタニパータ管理者のsuttanipatacomです。今日は、このスッタニパータ(ブッダのことば)を伝える意義についてお話しします。「ブッダのことば」を出来るだけ多くの方にお伝えしたいと言うことは、皆さん感じていると思いますが...
スッタニパータ解説

スッタニパータ 並ぶ応答ー小篇890,891の解説

890 もしも、他人が自分を(「愚劣だ」と)呼ぶが故に、愚劣となるのであれば、その(呼ぶ人)自身は(相手と)ともに愚劣な者となる。また、もしも自分でヴェーダの達人・賢者と称し得るのであれば、諸々の〈道の人〉のうち愚者は一人も存在しないことに...
スッタニパータ解説

スッタニパータ 並ぶ応答ー小篇888,889の解説

888 反対者を〈愚者〉であると見なすとともに、自己を〈真理に達した人〉であるという。かれはみずから自分を〈真理に達した人〉であると称しながら、他人を蔑視し、そのように語る。889 かれは誤(あやま)った妄見を以てみたされ、驕慢(きょうまん...
スッタニパータ解説

スッタニパータ 並ぶ応答ー小篇887の解説

887 偏見や伝承の学問や戒律や誓いや思想や、これらに依存して(他の説を)蔑視(べっし)し、(自己の学説の)断定的結論に立って喜びながら、「反対者は愚人である、無能な奴だ」という。人間的思考の運動を止めきれないものは、自らの快⇔不快の運動に...