ご法話 スッタニパータ 洞窟についての八つの詩句778のご法話 778 賢者は、両極端に対する欲望を制し、(感官と対象との)接触を知りつくして、貪ることなく、自責の念にかられるように悪い行いをしないで、見聞することがらに汚されない。賢者は、人間的思考の運動(好き⇔嫌い)である両極端に対する欲望を制し、感... 2020.11.02 ご法話
ご法話 スッタニパータ 洞窟についての八つの詩句777のご法話 777 (何ものかを)わがものであると執着して動揺している人々を見よ。(かれらのありさまは)ひからびた流れの水の少ないところにいる魚のようなものである。これを見て、「わがもの」という思いを離れて行うべきである。ー諸々の生存に対して執着するこ... 2020.11.01 ご法話
ご法話 スッタニパータ 洞窟についての八つの詩句776のご法話 776 この世の人々が、諸々の生存に対する妄執にとらわれ、ふるえているのを、わたしは見る。下劣な人々は、種々の生存に対する妄執を離れないで、死に直面して泣く。世の人々の想いには実に様々な想いがある。それは、前世においての想い。今生での想いに... 2020.10.31 ご法話
ご法話 スッタニパータ 洞窟についての八つの詩句775のご法話 人間は、人間的思考の運動(好き⇔嫌い)により、物事を両極端に分け、好きなものを得るため、あるいは嫌いなものを排除するために不正を行うその行為が痴である。貪を得るために痴が生じる。すなわち痴が生じ、痴を行うと、自らを害する元を作ることになるの... 2020.10.30 ご法話
ご法話 スッタニパータ 洞窟についての八つの詩句774のご法話 人は、人間的思考の運動(快⇔不快)により快を貪り、あるいは不快を排除する。それに熱中するがあまり、不正をしてでも手に入れよう、あるいは排除しようとする貪瞋痴による痴が生じる。当然、不正をしているので、死の間際に大丈夫だろうか?という恐怖に覆... 2020.10.29 ご法話