スッタニパータ 783 (第6の視点)

人間と言うものはどうしても少し修行が進むと嬉しくなって周りの修行者に自慢したくなるものである。その心の高ぶりは人間的思考の運動(快⇔不快)であるから、それに基づいた行動は、煩悩によるものである。すなわち何か心地よいものをである誉め言葉を求めているのである。真の修行者はどうであろうか?そのような言葉に喜びことなく、自らは道半ばであることを自覚して、それらの気持ちをも制して、遂には、彼の岸へと到達するのである。