ご法話 スッタニパータ パスーラ833のご法話 またかれらは人間的思考の運動(勝⇔負)を制し、対立を離脱して行い、物事をアあるがままに見、一つの見解を[他の]諸々の偏見と抗争させない人々なのであるが、かれらに対して、あなたは何を得ようとするのか?パスーラよ。かれらの間で両極端がもたらす「... ご法話
ご法話 スッタニパータ パスーラ832のご法話 自らの人間的思考の運動(快⇔不快)を制することができず、特殊な偏見を固執して論争し、「これのみが真理である」と言う人々がいるならば、汝はかれらに言え、ー「論争が起っても、汝と対論する者は人間的思考の運動(勝⇔負)を制する修行場であるここにい... ご法話
ご法話 スッタニパータ パスーラ831のご法話 たとえば王に養われてきた勇士が、人間的思考の運動(勝⇔負)を立ち上げ、相手の勇士を求めて、喚声(かんせい)を挙げて進んでいくようなものである。勇士よ。かの汝に、ふさわしい、人間的思考の運動(勝⇔負)を立ち上げた真理に達した人のいるところに到... ご法話
ご法話 スッタニパータ パスーラ830のご法話 心の高ぶりというものは、人間的思考の運動(快⇔不快)であり、かれの害(そこな)われる場所である。しかるにかれは人間的思考の運動(快⇔不快)に伴い慢心・増上慢心(ぞうじょうまんしん)の言をなす。このことわりを見て、論争してはならない。諸々の修... ご法話
ご法話 スッタニパータ パスーラ829のご法話 あるいはまた集会の中で議論を述べて、それについて称賛されると、心の中に期待したような利益=「人間的思考の運動(快⇔不快)」である快を得て、かれはそのために喜んで、心が高ぶる。論争は人間的思考の運動(快⇔不快)である。心が称賛を求めてうろつく... ご法話