人は目の前に現れる事で人間的思考の運動(好き⇔嫌い)によって心が両極端に動揺するのであるが、真の修行者は、自らが見たり、学んだり、思索に対しての人間的思考の運動(好き⇔嫌い)を制し、中道を保っている。そのように観じ、煩悩に覆われることなくふるまう人々は、妄想分別に赴かず寂静に帰して真理を視ているのである。
スッタニパータ 清浄についての八つの詩句793のご法話
ご法話
ご法話人は目の前に現れる事で人間的思考の運動(好き⇔嫌い)によって心が両極端に動揺するのであるが、真の修行者は、自らが見たり、学んだり、思索に対しての人間的思考の運動(好き⇔嫌い)を制し、中道を保っている。そのように観じ、煩悩に覆われることなくふるまう人々は、妄想分別に赴かず寂静に帰して真理を視ているのである。