792 みずから誓戒(せいかい)をたもつ人は、想いに耽(ふけ)って、種々雑多なことをしようとする。しかし智慧ゆたかな人は、ヴェーダによって知り、真理を理解して、種々雑多なことをしようとしない。
修行の在り方について、修行者は、何かを掴もうと誓戒を決めて実践したり、あれこれ想像して様々な修行をしようとするのであるが、人間的思考の運動(好き⇔嫌い)を止めてあるがままに観察をする修行者は、目の当たりに視る気づきによって知り、真理を見極めて様々な修行の仕方を試そうとしないものである。要は、何かを掴もうとして動くのではなく中道を保って、真理を知ることこそが悟りへの第一歩だと言う事なのである。
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