スッタニパータ 787 (第1の視点)

この世の中に存在する諸々の事物に対して両極端の思考すなわち快⇔不快に運動し分ける思考で近づく人々は、誹りや噂を受ける。人々にはかれの欲望が見え隠れするからである。二元の思考を止め偏った見方をせず、欲望のない人をどのような言いがかりによって噂ができようか?かれは両極端に分ける事がないので、その欲によって欲しがることもなく、嫌悪によって排除することもない。かれは、この煩悩が渦巻く無常の世にありながら、一切の偏った見方を祓い去っているのである。かれは、分ける事がないので、人々はかれを警戒しない。運動を静止した人間にはもはや禍福が襲いかかることもなく、安穏に満ちている。かれは常に満たされ、その心は寂静である。