人間は、常に物事を快、不快に分ける運動をしている。そして快を貪り求め不快を排除しようとする。この快⇔不快の二元の運動をくり返しているのである。そして、快を得られたときにかれは実に人間的思考の欲するものを得て喜ぶ。これが人間的思考の喜びである。逆にそれを得ることができないならば、矢にいられたかのように苦しむのである。人間が求めている喜び、すなわち人間的思考の運動から来るところの喜び幸せは、本当の喜び幸せではない。この喜びには苦しみが付着していることを知って、賢明な修行者は、足で蛇の頭を踏まないようにするのと同様に、よく人間的思考の運動に気をつけ諸々の人間的思考の喜びを捨て(喜捨)この世の執着、煩悩の荒波をのり超えるのである。
スッタニパータ 766、767、768 (第1の視点)
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