実に人間的思考の運動(快⇔不快)を立ち上げて、悪意をもって他人を誹(そし)る人々もいる。また他人から聞いた事を真実だと思って分別する心が立ち上がり、他人を誹る人々もいる。誹ることばが起っても、聖者はそれ=両極端の思考に近づかない。だから聖者は何ごとについても心の荒(すさ)むことがない。
スッタニパータ 780 (第8の視点)
視点集
視点集実に人間的思考の運動(快⇔不快)を立ち上げて、悪意をもって他人を誹(そし)る人々もいる。また他人から聞いた事を真実だと思って分別する心が立ち上がり、他人を誹る人々もいる。誹ることばが起っても、聖者はそれ=両極端の思考に近づかない。だから聖者は何ごとについても心の荒(すさ)むことがない。