882 諸々の人間的思考の運動(快⇔不快)を立ち上げたままの愚者が相互に他人に対して言うことばを聞いて、わたくしは「これは真実である」とは説かない。かれらは人間的思考の運動(快⇔不快)を立ち上げたままの各自の見解=「両極端による見方」を真実であるとみなしたのだ。それ故にかれらは他人を「愚者」であると決めつけるのである。
人間的思考の運動(快⇔不快)の運動を立ち上げたままのことばそれは真理ではない。なぜなら半分を見ていないからである。そうしては逆の半分を見ている人間を愚者だと決めつける。故に双方非難の応酬となるのである。それを知って賢者は自らの人間的思考の運動(快⇔不快)を止め自らの眼で真理を見、遂には彼の岸へと到達したのである。
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