スッタニパータ解説 スッタニパータ パスーラ831の解説 831 たとえば王に養われてきた勇士が、相手の勇士を求めて、喚声(かんせい)を挙げて進んでいくようなものである。勇士よ。かの(汝に、ふさわしい、真理に達した人の)いるところに到(いた)れ。相手として戦うべきものは、あらかじめ存在しないのであ... 2023.05.26 スッタニパータ解説
スッタニパータ解説 スッタニパータ パスーラ830の解説 830 心の高ぶりというものは、かれの害(そこな)われる場所である。しかるにかれは慢心・増上慢心(ぞうじょうまんしん)の言をなす。このことわりを見て、論争してはならない。諸々の達成せる人々は、「それによって清浄が達成される」とは説かないから... 2023.05.25 スッタニパータ解説
スッタニパータ解説 スッタニパータ パスーラ829の解説 829 あるいはまた集会の中で議論を述べて、それについて称賛されると、心の中に期待したような利益を得て、かれはそのために喜んで、心が高ぶる。あるいはまた集会の中で議論を述べて、それについて称賛されると、心の中に人間的思考の運動(称賛⇔非難)... 2023.05.24 スッタニパータ解説
視点集 スッタニパータ 789 (第11の視点) スッタニパータ789詩句から読み解く、第11の視点。見解や知識に頼ることは、思考の運動を制して中道を歩むという正しい道以外で清浄に至ろうとする偏見であると明かす。修行の本質を記録。 2023.05.24 視点集
スッタニパータ解説 スッタニパータ パスーラ828の解説 828 これらの論争が諸々の修行者の間に起ると、これらの人々には得意と失意とがある。ひとはこれを見て論争をやめるべきである。称賛を得ること以外には他に、なんの役にも立たないからである。これらの論争が諸々の修行者の間に起ると、これらの人々には... 2023.05.23 スッタニパータ解説