938 (生きとし生けるものは)終極においては違逆に会うのを見て、わたくしは不快になった。またわたくしはその(生けるものどもの)心の中に見がたき煩悩の矢が潜(ひそ)んでいるのを見た。
生きとし生けるものは死ぬ間際すなわち終極においては逆さ吊りに会うような苦しみに会うのを見て、わたくしは気の毒になった。またわたくしはその生けるものどもの心の中に見がたき人間的思考の運動(快⇔不快)がもたらす煩悩の矢が潜(ひそ)んでいるのを見た。何故、このように苦しむのか?それは、自らが掴んだものを離さないからである。離さないが故に、また生まれてくる。ああ、人のはかなき夢よ。その夢は無常なのだ。それを知らない限りその苦しみから逃れる事はできない。何故なら自らその苦しみを握って離そうとしないが故にである。
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