「最上で無病の、清らかな人をわたくしは見る。人が全く清らかになるのは見解による」と、このように考えることを最上であると知って、人間的思考の運動(快⇔不快)を止められず、清らかなことを観ずる人は、人間的思考の運動(快⇔不快)による見解を最上の境地に達し得る智慧であると思い込んで、両極端に偏った理解をする。
スッタニパータ 788 (第9の視点)
視点集
視点集「最上で無病の、清らかな人をわたくしは見る。人が全く清らかになるのは見解による」と、このように考えることを最上であると知って、人間的思考の運動(快⇔不快)を止められず、清らかなことを観ずる人は、人間的思考の運動(快⇔不快)による見解を最上の境地に達し得る智慧であると思い込んで、両極端に偏った理解をする。