スッタニパータ 780 (第3の視点)

実に人間的思考の運動(好き⇔嫌い)をもって他人を誹(そし)る人々もいる。また他人から聞いた事を真実だと思って人間的思考の運動(好き⇔嫌い)の反応の仕方が立ち上がり他人を誹る人々もいる。誹ることばが起っても、聖者は両極端に近づかない。だから聖者は何ごとについても人間的思考の運動を制して心の荒(すさ)むことがない。