スッタニパータ解説 スッタニパータ 並ぶ応答ー長篇914の解説 914 見たり、学んだり、考えたりしたどんなことについてでも、賢者は一切の事物に対して敵対することがない。かれは負担をはなれて解放されている。かれははからいをなすことなく、快楽に耽(ふけ)ることなく、求めることもない。ー師はこのように言われ... スッタニパータ解説
スッタニパータ解説 スッタニパータ 並ぶ応答ー長篇913の解説 913 過去の汚れを捨てて、新しい汚れをつくることなく、欲におもむかず、執着して論ずることもない。賢者は諸々の偏見を離脱して、世の中に汚されることなく、自分を責めることもない。過去に分別した汚れを捨てて、新しい汚れ=分別をつくることなく、両... スッタニパータ解説
スッタニパータ解説 スッタニパータ 並ぶ応答ー長篇912の解説 912 聖者はこの世で諸々の束縛(そくばく)を捨て去って、論争が起ったときにも、党派にくみすることがない。かれは不安な人々のうちにあっても安らけく、泰然として、執することがない。ー他の人々はそれに執着しているのだが。聖者はこの世で諸々の人間... スッタニパータ解説
スッタニパータ解説 スッタニパータ 並ぶ応答ー長篇911の解説 911 バラモンは正しく知って、妄想分別(もうそうふんべつ)におもむかない。見解に流されず、知識にもなずまない。かれは凡俗の立てる諸々の見解を知って、心にとどめない。ー他の人々はそれに執着しているのだが。修行者は正しく知って、妄想分別(もう... スッタニパータ解説
スッタニパータ解説 スッタニパータ 並ぶ応答ー長篇910の解説 910 (「われは知る」「われは見る」ということに)執着して論ずる人は、みずから構えた偏見を尊重しているので、かれを導くことは容易ではない。自分の依拠することがらのみ適正であると説き、そのことがらに(のみ)清浄(となる道)を認める論者は、そ... スッタニパータ解説