ご法話

スッタニパータ 並ぶ応答ー小篇885、886のご法話

885 みずから真理に達した人であると自称して語る論者たちは、何故に種々異なった真理を説くのであろうか?かれらは多くの種々異なった真理を(他人から)聞いたのであるか?あるいはまたかれらは自分の思索に従っているのであろうか?886 世の中には...
ご法話

スッタニパータ 並ぶ応答ー小篇884のご法話

884 真理は一つであって、第二のものは存在しない。自らの人間的思考の運動(快⇔不快)を制し、中道の眼によって、その真理を知った人は、争うことがない。かれらはめいめい異なった真理をほめたたえている。それ故に諸々の〈道の人〉は同一の事を語らな...
ご法話

スッタニパータ 並ぶ応答ー小篇883のご法話

883 或る人々が「真理である、真実である」と言うところのその(見解)をば、他の人々が「虚偽(きょぎ)である、虚妄(きょもう)である」と言う。このようにかれらは異なった両極端への想いに執見をいだいて論争する。何故に諸々の人間的思考の運動(快...
ご法話

スッタニパータ 並ぶ応答ー小篇882のご法話

882 諸々の人間的思考の運動(快⇔不快)を立ち上げたままの愚者が相互に他人に対して言うことばを聞いて、わたくしは「これは真実である」とは説かない。かれらは人間的思考の運動(快⇔不快)を立ち上げたままの各自の見解=「両極端による見方」を真実...
ご法話

スッタニパータ 並ぶ応答ー小篇881のご法話

881 またもしも人間的思考の運動(快⇔不快)を立ち上げたままの自分の見解によって清らかとなり、自分の見解によって、真理に達した人、聡明な人となるのであるならば、かれらのうちには知性のない者はだれもいないことになる。かれらの見解は(その点で...