ご法話 スッタニパータ 老い808のご法話 808 「何の誰それ」という名で呼ばれ、かつては見られ、また聞かれた人でも、死んでしまえば、ただ名が残って伝えられるだけである。世に生まれ、名前を持ち、その時を生きる。人は、常に変化し、若き者も年老いて、やがて死を迎える。その生きざまは世に... 2020.12.02 ご法話
ご法話 スッタニパータ 老い807のご法話 807 夢の中で会った人でも、目がさめたならば、もはやかれを見ることができない。それと同じく、愛した人でも死んでこの世を去ったならば、もはや再び見ることができない。目の前に現れる現象、あるいは人、物、それらは全て無常である。この世は、生まれ... 2020.12.01 ご法話
ご法話 スッタニパータ 老い806のご法話 806 人が「これはがわがものである」と考える物、ーそれは(その人の)死によって失われる。われに従う人は、賢明にこの理(ことわり)を知って、わがものという観念に屈してははらない。人がわがものと考えるものそれは、一時的なものである。この世は無... 2020.11.30 ご法話
ご法話 スッタニパータ 老い805のご法話 805 人々は「わがものである」と執着した物のために悲しむ。(自己の)所有しているものは常住ではないからである。この世のものはただ変滅するものである、と見て、在家にとどまってはならない。在家とは何か?それは、何かを手に入れるため、あるいは掴... 2020.11.29 ご法話
ご法話 スッタニパータ 老い804のご法話 804 ああ短いかな、人の生命よ。百歳に達せずして死す。たといそれよりも長く生きたとしても。また老衰のために死ぬ。生まれたものは必ず死ぬ運命にある。それは、人間的思考の運動(生⇔死)の運動でもある。人間は、想いによって生まれ、迷いのうちに死... 2020.11.28 ご法話