ご法話

スッタニパータ 死ぬよりも前に851のご法話

自らの人間的思考の運動(快⇔不快)を制し、未来を願い求めることなく、過去を思い出して憂(うれ)えることもない。[現在]感官で触れる諸々の対象について人間的思考の運動(快⇔不快)を制し、遠ざかり離れることを観じ、諸々の偏見に誘われることがない...
ご法話

スッタニパータ 死ぬよりも前に850のご法話

かの聖者は、自らの人間的思考の運動(快⇔不快)を制し、何ものをも掴むことがないので、怒らず、おののかず、誇(ほこ)らず、あとで後悔するような悪い行いをなさず、よく思慮して語り、そわそわすることなく、ことばを慎(つつ)しむ。人間的思考の運動(...
ご法話

スッタニパータ 死ぬよりも前に849のご法話

848 「どのように見、どのように戒律をたもつ人が『安らかである』と言われるのか?ゴータマ(ブッダ)よ。おたずねしますが、その最上の人のことをわたしに説いてください。」師は答えた、「死ぬよりも前に、自らの人間的思考の運動(快⇔不快)を制し、...
ご法話

スッタニパータ マーガンディヤ847のご法話

人間的思考の運動(快⇔不快)がもたらす両極端を掴もうとする想いを離れた人には、結ぶ縛(いまし)めが存在しない。思考の運動を止めて智慧によって解脱(げだつ)した人には、迷いが存在しない。想いと偏見とに固執した人々は、互いに衝突しながら、世の中...
ご法話

スッタニパータ マーガンディヤ846のご法話

修行の達人は、見解についても、思想についても、慢心に至ることがない。かれの本性は自らの人間的思考の運動(快⇔不快)を制しており、そのようなものではないからである。かれは宗教的行為によっても導かれないし、また伝統的な学問によっても導かれない。...