視点集 スッタニパータ 784 (第1の視点) スッタニパータ784詩句から読み解く、第1の視点。偏った見解による平安は運動により不安へと変化する。優劣の思考を捨て、自らを誇らず相手をけなさない平等な境地で煩悩の激流を渡り終わる者こそが聖者であるという修行の本質を記録。 2017.01.01 視点集
視点集 スッタニパータ 783 (第1の視点) スッタニパータ783詩句から読み解く、第1の視点。修行過程を誇り他者からの称賛という快を求めることは人間的思考である。この運動を制し、煩悩の激流を渡り終わった修行者こそが高貴な人であると修行の本質を記録。 2016.12.31 視点集
視点集 スッタニパータ 782 (第1の視点) スッタニパータ782詩句から読み解く、第1の視点。人からよく見られたいという「良い⇔悪い」の思考の運動が、修行者の内面に立ち上がる様を洞察する。自ら戒律や徳を説いて回る行為を、承認欲求に駆られた人間的思考の運動と見抜き、修行の真の目的である「心の寂静」へと立ち返るべきことを説く。真理の追究。 2016.12.30 視点集
視点集 スッタニパータ 781 (第1の視点) スッタニパータ781詩句から読み解く、第1の視点。人間は好き嫌いの分別により欲にひかれ、偏った好みの見方を完璧だと誤認して自慢げに語るものである。この二元の思考で好きなものを追求し嫌いなものを排除することで、視野は狭まり全体を見失う。修行者はこの二元に分ける思考を止め、偏見を排すことで、鏡に映し出されたかのように全てを知り尽くす大円境地に至るという修行の本質を記録。 2016.12.29 視点集
視点集 スッタニパータ 780 (第1の視点) スッタニパータ780詩句から読み解く、第1の視点。人間的思考(好き・嫌い)による他人の誹謗は二元の運動であり、繰り返されるやったりやられたりの激流に飲み込まれるものである。聖者は思考の運動を止めているため誹謗に近づかず、心が荒むことがない。修行者は心の動きに気をつけて荒波を乗り越え、偏らず全てを受け入れる鏡のような中道の境地に至る修行の本質を記録。 2016.12.28 視点集